「WORK68-LR」
work68LR
「WORK68-LR」
1968年
178.7x44.7cm(X2)
【2007/03/18 18:43】 | [4]WORKS1967-1972 | page top↑
1967年~1972年の作品について-小野田實-
work67-12

「WORK67-12」 1967年 91.4x91.6cm 第21回二紀展


(制作の発想のもとはなんですか?と聞かれて)
「無数の同一の何か(物体でも記号でもよい)が、メカニックに増殖していくというイメージ。かつてシュールレアリズムが、デペズマン(異質な物体又はイメージを衝突さす)によって驚異を導き出したが、私は無数の同一にある秩序を与えることにより新しいイメージを獲得しようとした。それは細菌学者の行う菌の培養に似ている。私の望みはこの菌が地球上に蔓延することだ。」   小野田實
(1966年「現代美術の新世代」展出品作家へのアンケートより)


work67-O

「WORK67-O」 1967年 91.0x91.0cm 2004年「具体」回顧展(兵庫県立美術館)


(1966年 美術ジャーナル 57号 4月 美術ジャーナル社)
「無数に同一の何か(物体でも記号でもよい)が、メカニックに増殖していく、その膨大な累積の空しさ、無意味さにある戦慄を感じ、あらゆる空間を同一の単位で埋めつくしたい、からっけつであっけらかんとした欲望が発想の母胎となり、契機となっていますが、あらゆる二つの対立要素、例えば「遠心性と求心性」「集合と離散」「マクロとミクロ」「斥力と引力」「陰と陽」「非と喜」「静と動」等々、二つの対立した矛盾の世界が考え方の基礎にあり、矛盾そのものの世界が作品の要素にもなっています。 そして、対立したそのどちらの極でもない、中間の地帯に私の立場があり、それはまた私の客観性でもあります。どっちつかずの曖昧で、ちゅうぶらりん居心地の悪い地帯ではありますが、そこらへんに私の「自由」の問題があると考え、このニュートラルな位置に身を置くことが創造にもつながっていくと考えています。 作品は、私の「生」のデータでもあります。リンゴがリンゴ以外のものでないように、私の作品は私の作品以外のものでない、ひとつの存在しているものであること。 何かに対する反逆でもなく、古さに対する新しさでもなく、古くも新しくもないもの。何かを否定したものでなく、イデオロギーでもなく、何かを意味するものでもなく、作品それそのものであること。そのため作品を通じてコミュニケイトしたいものは、作品以外にありません。作品が作られた瞬間にコミュニケイトは終わっていると考えます。」  小野田實

WORK70-11

「WORK70-11」  1970年  91.6x91.6cm 姫路市立美術館所蔵

【2007/03/18 18:38】 | [4]WORKS1967-1972 | page top↑
「作品65-W」
作品65-W

copyright(c)Ashiya City Museum of Art & History All Rights reserved.
■作品65-W 
1965年
150x30cm(x3)
芦屋市立美術博物館所蔵作品(平成2年度作者寄贈)
http://www.ashiya-web.or.jp/museum/index.html

【2007/03/18 18:17】 | [4]WORKS1967-1972 | page top↑
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