「小野田實個展」(姫路・山陽百貨店) 1965年4月15日~20日
1964年個展案内状
「作品64-R」
「小野田實個展」(姫路・山陽百貨店)
1965年4月15日~20日


 ひとつの風潮があわただしく美術界を襲い、それが蔓延していくのは、それなりの理由が内在するのであって、現代絵画の混乱だとか軽兆だとか、したりがおに非難するのはあたらない。げにうれうべきは、想像力の決定的な欠乏である。
 小野田實は姫路に住み、毎年二紀展を通じて、そのユニークな世界を展開してみせてきた新人である。かれの特異性は、前途のような風潮に対して、想像力のシニカルな反抗をくわだてたことにある。その方法は、徹底的にシステマテイクである。
 かれが胡粉とボンド接着剤でねりあげた、緻密なマチエールは、あの<壁派>の情緒にみち、そのじつ鈍重な表情を突っぱなし、アクチブで、ユーモラスで、情感の秋の翳りを、真夏の太陽の下にひきもどしてしまった。
 その上へ、最も原型的、基本的な円と線とが枠の中にチンマリと鎮坐する絵画的表情を追求しながら、入念な遠近法的構成で増殖し、シユパンヌング作用を起す。モダン・ジャズの情熱と無意味さが、物質的な貪欲性で展開されようとしたりするのである。かれは、この方法を倦まずたゆまず、執拗にくり返しながら、フォービイックで情緒に濡れた眼を、ひややかに見返してきた。「図々しい奴」の戸田切人などとはまるで異質の、堅固な城を、かれはつくりはじめているのである。
ヨシダ・ヨシエ<美術評論家>

「姫路展に際して」
 去年の初夏、銀座ルナミ画廊で、小野田實がはじめての個展をひらいてから、またたくまに一年が過ぎてしまいました。
 その短いあいだに、かれは精力的に作品を造り、京都展をはじめ、いくつかの催しに、あのめくるめき原色の饗宴を、沈滞した美術界という食卓のうえへ、くりひろげてくれました。わたしはそれらの催しをすべて見ているわけではありませんが、かれの便りに接するたびに、スモッグに包まれた都会の空のかなたに、ギラギラした灼熱の太陽が急転し、かれにふさわしい中南米のコンガやボンゴの乾いた情熱の音が、鳴りひびいてくるような、さわやかな錯覚を覚えます。
 しかし小野田實の現実は、けっしてそんなロマンチックなものじゃあない。
 かれもまた「戦後美術」のひとつの普遍的課題を背負って出発した。その普遍をかれの思考の中で独自の世界に移すためのいいしれぬ孤立と忍耐を通過しなければならなかった筈です。
 小野田の作品を、よくひとはそのイメージの鮮明性とか色彩の強さだけで、印象的に語りがちですが、じっさいは、その空間とマチエールの合理性に達するための不合理の密度に気付かなければならないでしょう。その対極的な牽引と反撥の密度がかれの作品の内容でもあり、かれの独自性もそこにあります。今度、かれの住む姫路ではじめての個展がひらかれるそうですが、かれのユニークな内容をこんな面からも討論してくださることを望みます。                   
ヨシダ・ヨシエ<美術評論家>


小野田實の仕事は最近とみに内面化されるとともに表現に密度が加わってきた。カラリとした原色の交響を反射してくるグラフィックな明快さと、ぬめりとしたなま温かい生体的な触感とが奇妙に混和されたある種の実在感が画面にみなぎっていて、見るものの目を幻惑する。
 まるで顕微鏡下の生体組織のようなその微視的なイメージが、不思議と豊かな空間のふくらみを現出しているのも彼の作品の特徴だ。
 これらのユニークな近作は、これまでの彼の仕事を一貫した追求の帰結としてひとつのピークをなすものだろう。それだけに今までには見られない完成度が認められる。
 この完成された技法とスタイルに支えられた領域では、まるで細胞分裂のように無限のヴァリエーションが産れ得るだろうが、彼はむしろそうした自然増殖に身を任せてはいけないのだ。画面に孕まれたその有機的秩序をひとつの抵抗体として、もっともっと原形質的なヴィジョンの鉱脈を掘り下げてゆかねばならないことは、彼自身痛惑しているにちがいない。
 その意味ではこの個展は輝かしいピークであるとともに、彼にとって新らしい出発の宣言でもあることをわたしは祝福したいと思う。
赤根 和生 <美術評論家>

「小野田實というえかき」
それは昨年の五月のことである。数十点の作品を東京銀座の画廊に運び込み、「第1回小野田實個展」を開いた。
その秋、私は名古屋の綜合「文化会館」へ設計や施設の視察にでかけた。たまたまその時、二紀展が開かれていたが、私は画をみるいとまはなく、案内者に従って小走りで多くの部屋の横を通りぬけたとき、あまたの作品郡の中で、異様にまばゆい光芒を放射する二点の画が、私を感電的に停止させ、強引な力でその前へ引きずったのである。
それは細胞分裂を思わせ、得体の知れない生命が絢爛と流動する。小野田實の作品であった。私は驚嘆し、本当の小野田實にはじめて出会ったような思いをした。
 しかも、その一連の作品は外国の画壇にまで、大きなショックと反響をよびおこしたという。何とも恐るべきえかきである。
 彼の作品はかずかずの受賞にかがやき、多くの美術雑誌で紹介され、とりどりに評論されているが、来日したアメリカの高名な美術家、マツミ・カネツネ氏はとくに称賛して、ぜひニューヨークで個展が開かれるように骨折ってみたいと、執心にみちた書信をよせてきている。 
 まことに誇り高きえかきである。しかし、この街における小野田實は全く意外である。
 いつも材料で手を汚し、無口で謙虚なまるで若い禅僧のような男でありながら、彼らを中心とするこの街のアンデパンダン前夜祭には、裸になって乱舞する。無性に愉快な男でもある。
 そしてどこの誰がどんなにほめようと騒ごうと、一向気にもせずに、この街の一隅でただ黙々と独特の材料を汗みどろでこねて制作に明けくれている。
 まったく不思議なえかきである。
 このほど、彼は第三回の個展をこの街でひらく準備に、意欲と熱気に溢れてうちこんでいる。恐らくこの個展をひとつのピークとして、彼は大きく旋回し(脱皮し)われわれの想像をはるかに超えた。高次元のテーマにとりくむのではなかろうか?
 そんな気がする  いや、私も熱気をこめてそれを切望しているのである。
 ともあれ、この個展は小野田實にとってはもちろん、この街にとってもただごとではないことはたしかである。
黒川録朗<姫路地方文化団体連合協議会々長>


以上、個展案内状より引用




【2007/03/18 19:33】 | [3]WORKS1962-1966 | page top↑
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