■姫路市立美術館企画「小野田實の世界展」イーグレひめじ  ギャラリートーク
■姫路市立美術館企画「小野田實の世界展」イーグレひめじ  ギャラリートーク
2004年1月18日(日) 14:00~16:00



平瀬-「姫路市立美術館の現代郷土作家展ということでさせていただいています。まぁ非常に滅多にできないなかなかこういうあの回顧展ということで我々もこういうことを開催できて喜んでおるんですけども、その中でも作家の小野田先生に実際に来ていただいて作品を前にして語っていただけるという機会を作れたこと大変うれしく思っております。最初にですね。簡単にですけれども。今日の流れだけ説明させていただきます。あと注意事項もありますので~略~」
小野田實-この展覧会は極力初期の作品から現代に至るという時代の流れでね 展示の構成がね それも作品のスタイルが絶えず変わっていきますんでね。それに合わせた会場の展示方法をとっています。 このイーグレのこの会場やからこそ出来るこういう方法でね ほれで向こうの美術館ではこんな風にはいかんので それでね 僕の作品にとっては幸いやったなと思います。いうことで まー初期の作品 一番最初のお寺の頃の あれはこの中では一番初期になるんですが、ほれであれはね 中3から高校にかけてのころの作品です。その次のガソリン倉庫って書いてある あの白い 汚い建物ね あれが高3から卒業した年くらい そのあたりの作品です お寺より前の時代は一応絵の道こころざしてその気で決心してやりだしたのが中3の終わりぐらいからで まーそれまではね 絵描きいうんか 画家になるというようなことも考えたことなかったね 子供も小さい それこそ 3歳か4歳か知らんけども とにかく絵は勝手に好きやから 好きやったからいつでも---であったり描く紙であったりすれば いつでも絵を描いてたわけでね とにかく 絵を描くいうのは特別に何にも 思ってなかった 子供時代はね 子供時代で 小学校の5、6年の位から 科学的な方面に ものすごい興味をもちまして これはもーずっとね幼児期のときから、その気はありましてね まーそういうちょっと生い立ちの古い話いうのを ちょっと作品を語る上で非常にキーポイントになるんで  その話の前触れで出しますけど 満州生まれで ショウカコウいうて 北満ですわ ロシアの国境近くにある大きな河です 今もありますよ そこは汽船がね 汽船いうてもそれまで見たことないですわ 海でもいかんとそんなごっつい船見れない ところが満州では大きな川 そういう汽船  西部劇の映画やったらね 大きな船 こう 車 水車の車が 後ろで回ってこう行くやつと 真ん中で回るやつと あの手なんですわ あれが川 交通機関 客船なんやね なんのことで乗ったかはしらんけど 数回あれにのったことがあって のっておやじが機関室というのに そこに引っ張っていかれて それ見てそれがおもしろうてね ごっつい機械がまわっとんやね  どないなっとんかしらんけど とにかく それで水車 あれをまわして  その推進力で船が動く ずっとそればっかり見ていて外の景色なんか関係なしや でやっぱりそういうもんに小さいときから興味があったんやなと 根底にそれがあって そのころ子供時分に 子供のオモチャで 自動車とか何か知らんいろんなもん 動くやつ あのころやから皆ゼンマイじかけ ゼンマイ巻いたら回したらばーっと走るわけや  それを親が買うてくれるんやけど 最初は走らせて面白いと思うんやけど すぐそれね おかしいななんで動くんやろ そればっかりに面白みを感じるいうかね なんでかな思って 結局それを全部ばらばらに分解してしもて あーそうかそうなっとんか そうしたらもうこれいらんのですわ 買うてもらったもん皆バラバラにしてしまうんでね 親が学校の先生に そんときは1年生 1年生までは居ったんでね そのときは昭和19年 終戦の1年前のころ 学校の先生にそういうことを言うてくれて 学校の先生もバラバラにしたらあともう一遍組み立てーいうことも言われてね けどもー組み立てるんアホらしいってせーへんけどね それっきりでね そういうことでね 子供時代あってね それがね ずーっとだんだんね あのこの年になってくると どこに自分の原点みたいなもんがあるかなと気がついてくるんやね みなさん方も僕よりまだ上かおんなじ位か の方もおられると思うんやけどね 僕やったって 還暦いうのは60歳 来年それを越えて 来年になったら67になるんやけどね そうすると 還暦の還いうんはずっーと回って 元へ戻ってくる それぐらいの年になってくると 自分のそういうもんが 再意識される それまでほんなこと考えもせんことがあーそうかという風なな まーもっと若い人はそんなことは考えたことないやろうと思うけどね 60くらいなってそれすぎてきたら 自分の 生い立ちのその踏み出し(ふりだし)のことが非常に なに あれが自分の何かを決めたあれやなというね そういうものが分かりますわ えーこれはまー作品の上でもそういうことが全部あるんですね  そういう前置きで 初期の作品より以前にまだいろいろあるんですけど 初期の作品を代表してあの2点 それから それにつづいて工場の作品ね 20か21かそのあたりで 二紀会っていうのがあって それに初めて出品した そっからがこの道に入る 入り口というかね 最初は もともときれいなもん見てそれをきれいに描けたらええなぁと思えるような考え方はなかったんで まぁとにかく古びたもの 建物 しっかりした建物が時代たって古びて それが非常にいいあじが出てくるわね 苔がはえたりカビが生えたりヒビがいったりくすんできたりというような建物というかそういう面白み 庭の石でもね 最初サラッピンの石でも10年くらいおいとったらごっつい味が出てくる 建物もそうですわ 新築の家なんか住むには気持ちいいけど 人の家勝手に見る時は古い家見るほうが楽しい というのようなこととかね 絵にする場合は 僕はそういうモチーフいうのは なんかこう関心そそられる そういうモチーフばっかり捜し歩いて と同時にヨーロッパに憧れとったわね みな日本人に  だれでも そうですわ  絵を描くいうたらだいたいパリ行くとかとか何とか 決まりきっとんやけどね 行く金こっちはあらへんし まだ中学から高校のころで 最初は 絵も 最初から抽象みたいなもんやれるわけないし 見たことないんでね  最初は1年ほど 手ほどき受けた先生がいてるわけやけどね それは中学1年 1年ほどのことでね まぁちょっと 教え方が あんまりそのひと未熟やし はじめは素直に言うとおり やっとんたんやけど ごっつい欠陥があってね ほいで自分で修正して研究していって、その先生は なんちゅうか 僕はその先生の教えられるのではなく その先生の手伝いする側に回って 高校になってからは教えるほうになってたわね それもそれはそれで この道に進む上では 経済的に自分で一応なんとか費用ちょっとでも自分で作れるいう道もあったし それから奨学資金ももらえる そんなんが 絵をかく 絵の勉強する資金になりよったんやけどね まぁ家庭状況がね 戦争の関係とかいろんなー 小学校5年の時に親が離婚してね 母親が一人 まぁ いわゆる もうひとり妹いててね 母子家庭ですわ そやからまぁ 貧乏暮らしで 絵なんか描くいうたら 普通やったら そんなもん絶対あかん道なんやけどね なんとかかんとかそうやってね でそうしよううちに その工場の絵を描いた あの年の3月に母親が子宮がんで死んでしもてね あとこっちは親なしやね 親なし 家もまともの家も何も残ってるわけやないけど まぁとにかくそういう時代を共にしながら 作品作りやってきたわけでね そうすると工場の時代から次にあのー 牛と女がありますね 工場いうのはこれはいろいろあっちこっち 神戸のね 海岸の 工場地帯 あのへん全部歩き回って スケッチして 相当いろんなことしたり その時代 そういう時期もあるんやけどね それを代表して出してるわけやけどね 工場のそういうのも これ以上やっても面白ないなと そうしてる間に えー原始時代の アルタミラの洞窟の壁画に 誰でも教科書で知ってるやつね あれに非常にひかれてね と同時に北条五百羅漢ってあるんですね たまたま友人の関係で行ったら あそこへ案内してくれて それが非常に面白いんでね こないだもラジオでそんな話しとったんやけどね 非常にプリミティブ プリミティブというのは原始的 そういう言葉ですけども そういう非常に素朴なね 彫り方 刻み方が形態がね 他で見たことないような そういうもんなんですわ で 今でもご存知ない方は一遍見に行ってもええけど あの当時は荒れ放題でね 草ぼうぼうでね それが非常に野趣にとんで良かったんでね まぁ それも これをなんか造形的に使えるかなという考えが出来て それとかそういう原始的なそういう形態いうかね まぁあれは描いたいうより彫って残したいうかね あれは描いたんかもしてへんけど そういうのが非常におもしろい感じなんで なんかそういう表現の作品作れへんかなと思って作ったんがあれですね それの続きがあの魚の骨みたいなやつね なにも魚の骨見て描いたんとちゃうんやけどね そういう風な形態を使って あーいうよりデコボコのある作品やけども あーいう作品に至ったわけやけど そこでもうその仕事は打ち切りにしたわけです。で、そっからその次からは完全に抽象の世界に入るわけで それまでは大まかに言うたら具象なんやね で具象言うとあの見えたとおり綺麗に描くんも具象やし それから具象的なモチーフをひとつのなんちゅうんか それを何か造形的に取り入れてとかいうね そういうのを具象で とにかくあのー見える世界ね 眼で見て見える世界のものをそれに写生的にそれに描く方法 そういう作家もおるし それを自分なりの自分の個性的な 非常に変形とか 強調とか 誇張とかね 美術用語で言うたらデフォルメいうね 言葉使ったりするんやけどね 実際その通りやなしに もっとそれらしい感じを強調するというような意味のことやけどね まぁそういう方法で いろんなタイプの具象の方法があるんですけども どっちにしてもそれは全部眼に見えるものを材料にしてるんですわ それが具象で 綺麗に写真みたいに描くのも具象やという風に考えてもらったら 分かりやすいと思うんやね それであと抽象言うのは眼に見えんもんを相手にしているいうかね そやから その後の作品になってきたら目に見えない世界を相手にしていますので 見た人は 何描いとんやろ言われたって ほんなもん どっかにあるもん見て描いたんと違うし 何かから 見えるものをヒントに描いた作ったりいうもんではないわけでね そこがね やっぱり皆さん分かりにくいとこで 大抵の人は僕の作品見たら わからへん 何を表してる?とかね どんな意味なんですかとかね まぁいろいろそういう質問がだいたいですわ 大抵の人はわからへんわからへん言うんやね ワカランからえんでね  分かられる絵やったもうこれは失敗作やね できるだけ皆どっこでも見たことない 初めて出くわすようなもんやとなった作品が大成功でね で結局自分自身がね 自分がやっぱりびっくりするようなもの作れんと これもあかんわけでね 自分が自分の作品作って 何も驚きも何もなかったら そんな作品つまらんもんでね 結局まずは自分を驚かすような作品作らなあかんのんで そうすると世界に誰もやってないことやらんとあかんしね そうすると そういう作品作るために いろんなこと考えないかんわね そやから何かをヒントに それからこうなんとかかんとかというのとはまるきり 違うんで そやから 出来た作品いうのは それはそれなんやね それはそれ以外の意味もなにも とにかく見て見えたらえんです そやから眼の見えへん人に言うても そらワカラへンけどね 正常な感覚の人が見たら 必ず 分かるも分からんも関係なく見えるんやからね 見えたらほっとったて 何か勝手に脳みそが 感応しよるわけや 感じる その感じることを重視すればえんやけど なんかこう説明か解説か 今までの経験に照らし合わせて これはこういう風に見るもんやろかとかね なんかそういう経験か予備知識がなかったらね なんかあかんみたいなね そういう気持ちで見るんやね 大抵日本人それが多いんですわ  絵に限らず 映画見るんでも音楽聞くんでも 前もって 解説読んでいって 勉強しといて それから見て それに照らし合わせて そのとおりやな なんかそういうね そういう見方いうのは一番あかんねん 真っ白の自分で対さんといかんわけで 予備知識もなにもいらんのです とにかく自分の真っ白けの 先入観をね 過去の既成概念とか 今まで習ってきたこととか 学校の先生 美術の先生に なんやかんや 言われたこととか そんなやつ こっちから照らしてみたって あかんわけでね まずは見ることやね  よく見ることやね よく見て 自分がどう反応するかの 自分を見たらえんです その感じを 自分がどう感じられたんかなと 気色悪いなー思ったらそれでええし かまへんしね こんな絵嫌いやなー思ったら それもえんやね えーな 何がええんか分からんけど なんかエー感じやなと 色が綺麗やなとかね なんでもえんですわ その感じたことが大事で それで後でそれをもう一遍 牛みたいに 一遍食べといて もっぺん取り出してもっぺん噛みなおしてみたらね なるほどこれちょっと面白いなとかね いう風に そっから 普通いうわかるでなしに 自分自身の何かが本質的に分かると言うんかね 馴染めると言うんかね そういう風になって どんな作品見たって 別にね これ何やろかいうて 難しく考える必要はないんです そんな風に作品は見て貰えばいいなーと思うわけで そいでこのマルの作品に入るその前に 工場と牛と女というね 次に出てくるのは赤い盛り上がったやつね ボコボコしたやつね あの作品が この中では抽象への転換ね つまり見えん世界から引き出す作品でね 見えん世界を相手にして作品を作るいうんは作家によっても皆違うけどね 僕の場合はとにかく考えが先に先行せんとできひんのです  もう考えまくるやね 考えを積み重ねて そうするとそこに自分の何らかのテーマが出てくる そのテーマが出るまでは作品作れへんわけです そのテーマが見つかるというかね それがはっきりこうつかめてきて初めて作品化できるんで これは具象時代もいっしょなんで ただ景色見て えーな言うて すぐ飛びついて描くことはせなんだわけでね あのお寺の絵にしてもあの前 いっつも学校ね 中学校高校 通う道筋で 毎日見とんですわ それからガソリン倉庫も あれもね いまの好古園って出来とうわね あれの左端の方にもともと あそこにあったんですわ そこら草ぼうぼうで 土の道でね あそこ毎日 高校 そのころは下寺町いうところに住んどってね いまの商工会議所 の近所で その真南に天理教の大きな建物 天理教の右隣に 住んどったころに そのもうちょっと西入ったところに あのお寺あってね そこ通って いっつも見てる そのもんやった ガソリン倉庫 で具象で風景にしろ何にしろ 僕はもういっつも見てるような 普段ね そういう所がね なにかこう絵になるようにいっつも見とるんやね それでずーっと 何日も 1年でも2年でも 同じのんを見てたらね なんかだんだん そのモチーフ つまり初めからモチーフ言うて その まぁ その建物 と自分のテーマがあるとき結びついてきてね それでやっと自分としての絵になって見えてきだすんやね それからやっと取り掛かるんで そうとう手間が居るんやね まぁそういう風に そういうのは抽象なっても一緒なんです  そやから教室で教えてる間も そういうこと言うてるんやけどね なんか絵を描くいうたらどっか特別のとこに旅行してね 旅行してね 観光名所みたいなところ行ってね そんなん絵なんか描けるけど ろくなもんできひん それこそ絵葉書模写したような そんなもんくらいしか できひんわけでね そんなもんではあかんわけで やっぱり自分のいちばん本質的な そこで何かが結びつくまで熟成期間がいるんですわ 漬物つけたみたいに よー漬からんとね うまいこと えー作品にはならんわけでね 赤い膨らみのやつ その前の魚の骨みたいなやつ それから 魚の骨みたいなやつ あの時にあーいう作品を作るのに ただの画材店で材料こうてやったってそんなもんできるんちゃうんで あれは画材店で売ってるような材料はほとんど使ってない 少量の色があるとこぐらいでね あとは画材とは関係ない そういう材料です そういう風に新しい作品が出来る前は 今言う 考えに考えて あるひとつのテーマなり その圧縮(しくみ?)というか はっきりしてきたら 今度 目に見えるカタチに置き換える 自分の中では色々頭ん中であっても これは人には見えへんけど それを今度目に見えるもんに転換させなあかん。 具象の場合は割合スムースに行くけど目に見えんもんを目に見えるようにしようと思ったら今まで売ってる材料では出来る場合もあるけど 僕の場合は大抵できん場合で これはまた もうひとつの原因はさっき話したように金ないからね 画材店でふんだんに高い絵具や上等のキャンバスこうてきて なんぼでも親が金を出してくれてというわけにはいかんのでね それで とにかく 無い金使って いかに自分の考えてることが具体化できるかと そうするとお寺にしても 倉庫にしても あのキャンバスは麻の布地こうてきてね それで自分でキャンバス作って それで描いた絵です キャンバス自分で作ろう思ったら作れるんです  なんなら教えますけど そんな邪魔くさいことするひとは僕のその時代でもないですわね キャンバス作るとこからやったりね そういうことがあるんで全部自分で作ったりすると あれはベニヤの合板使っとんです ほいで裏が材木で あーいうパネル作ってね あれ まとものキャンバスやったらあんな表現できひんのです なんでも絵を描く言うたらキャンバスと絵具と思ってるか知らんけど それは既成の その範囲でしか作品できひんからね 古い人のスタイルやったらそれでいけるけど 誰もやらんことやろう思ったら まるきりその辺から 白紙から 自分でつまり開拓せなしょーないからね そうするとまずそこから開拓して作らんなんとなると 描く道具も筆だけでは描けへんので 違う表現に適した道具を自分で作らなあかんしね 道具は作らんなんわ 絵具も使うのは使うけど また別のもんね そうすると色んな所 探し回ってね 町中ウルウロ それこそ 工務店 大工屋 土建屋 そんな方面の材料店とかね その時分は ホームセンターとかちゅうのはなかったから 塗料店とかね、それから工業薬品の卸店とかね いろんな とにかく画材店以外のところ こいつは使えそう いうかたちで全部やってきたから そうすると誰もやったことがない作品がそういうことででも出来てくるわけでね これは貧乏のおかげやねとも言えるし 結局 工夫する 考えるし 工夫するし そこで最大の効果をあげないかんし そいで成功すれば画材店で売ってる高い材料買わんですむしね そういうこともあるしね そんなふうに あの膨らみのあるやつの材料も教えてもいいけど あれはひとつだけいうとジュウシツ炭酸カルシウムという それから接着剤とかね いろいろそういうもん そないいうてもどないして使ったらいいか 分からない それは自分で工夫して そんな使い方 誰かが教えてくれるわけちゃうし 工夫して 自分で開拓して 発明みたいなもんやけど その材料がずっとこの黄色い作品の膨らみのある作品 あの当時に開拓した材料をずーっと使われとんです。この膨らみのやつも ゴソゴソにガスガスにしようと思えば 魚の骨みたいなやつは そういう使い方 そこからずーっとここが展開していって もっと表面をなめらかに もっていったろか いう風にして それも簡単にいかんのんで ものすごい ヒビわれが来るんで そのヒビを詰めていかなあかん作業で これは下地作るだけでも相当の体力がいるしね 日数がかかるしね その下地がやっとできて 黄色い下塗りをして そっからこの やっとマルを描くんやけど このマルも中心になってくるところから 描き始めるんやけどね これ描くだけでもごっつい手間かかるんで どっちにしてもものすごい手間のかかる作業なんです。そやけど まぁこういう考え方でやりかけたんで もう やりかけたら それは徹底的にやらんと途中でほったらかすとかそういうもんはできんのでね この作品でとにかく出来るところまでやろうと とっかかりはあそこの板貼ってね あれは材木の あれも きれっぱし いっぱい 集めとったやつを使ってね あれはちょっとこう直線的、幾何学的な組み立てで これをずっとやるつもりやってたけど 徐々に考えが変わってきて こういう有機的な不定形のカタチの 黄色い この手の作品のね 変わって来てね これはあの パンフレット買って貰ったら その考え方は書いてますけど その当時 繁殖絵画論を発表したんです。 会場にもどっかに貼ってありますけど あれちょっと ごっつい字が多い これ買うてもうたら一番いい これ安いしね 300円でこんなもんできひん そこが美術館のええとこ 大分これに税金かかっとる こういう風に税金使ってくれるんはええけどね これはとにかくね これ無理やり買わな分からん言うんでは具合悪いんで 一応説明したら とにかく何か同一のものが無数に それが集まったらどうなるかと あの当時はオートメーションで 工場 大量生産時代に入った頃で そうすると まだ ソニーのトランジスタラジオが出来る前かな なんせ なんか知らんけど大量生産時代になってきたんやね 終戦後 大分経って 大分そういう感じになってきた頃で そのイメージが なんも工場 さっきの子供のときの船見に行った話でなしに それはあくまでイメージで想像できるし その時分TVもないさかい 映画で見るとか ニュース映画で見るとか 映画見に行ったら 最初ニュースがあるんですわ モノクロで 映画もモノクロやけど そんなんで 大量生産時代に入ってるというような 光景が出で来るわけね ビンがようけ ゴロゴロ出てきて ずっと並んでいって 積み重なってる。そういうイメージが近代現代の窓口のね そんなんですねん そのできる面白さより その同じものが膨大に積み重なってきたら そのイメージが僕の中で発酵しだして なんか同一のもんが それこそ 何千何万 いう風に 累積してくると そのものの意味がなくなってくるなーというのが僕の発見ですわ。違うもんになる。 なにを想像してもろてもいいけど もっと極端に 違うあれやったら アウシュビッツの ナチスドイツの ユダヤ人 ガス釜で 虐殺して その死体がごっつい山のように積み重なってるやつとか 処刑された人の靴だけメガネだけとかごっついこんな山になってね。 そんな写真を その当時見たことがあってね そうなると人間やけど人間に見えへん 別のイメージに転換する。それはえー悪いの問題やなしに そら人殺すん悪いことやけど そういうの関係なしに 視覚的に見たら別のもん 別の光景 人間ひとりひとりの問題ではなくなってしもて そういうこととかね それ見て(作品のイメージを決めたことについて)なんかこう考えたん違う。 例えの例 それはそれぞれの一遍想像してもろたら 家にあるこの道具が家の中に詰まってしもたら いっぱいになったらどうなるか 台所の皿 同じ皿 どんどん増えて もう部屋中いっぱい 天井も 全部埋まってしもたら どんな感じになるんやろ 芸術は想像の世界やから そこで頭をコロコロ転がして面白がっとたらえんで 誰に危害加えるわけでもない イメージの遊びみたいなもんでね まーそういうそうのね 同じもんが 同一のもんがどんどん増えていく 増殖していくとかね その単位として マルを選んだ そこの このマルを選んだ理由があるわけで 僕は何でも考えまくるんで 同じ単位を選ぶんやったら カタチの基本としては 円と三角と四角とか長方形とかね まぁそういう もっと極端に言うたらマル三角四角。その中でマルだけは他の直線的なやつと違って どこから見てもマル どう転がしてもずっとマル かわらへん 三角はちょっと置き方変えたら違ってくる 四角もそうやけど マルはどない置いてもマル ずっとマル 三角二つひっついたら ひっついたとこでもう一つの別のカタチになってしまう。 四角にしてもそう。これはあかんな。マルやったらマルどうしぶち当たったって、ひっついて別のカタチにならへんし どーなったって マルはマル それが これは究極のカタチやなと 宇宙的に考えてもマルいうんは究極のカタチやなと マルというのは平面で考えたら円、立体で考えたら球 そのままずっと伸ばしたらパイプみたいになってパイプ ポンと切ったらマルになっていくし どっちに転んでもマルというのはずっとマル。球体でも何ぼ転がしてもずっと球体は球体で 三角、四角転がしよったらなんかカタチごろごろ変わるわね ひとつは独楽ね 最近皆独楽で遊ばんようになったけど、独楽回したら完全にきれいに勢いよく回したら止まって見えるわね。だんだん最後にはふらついて来てひっくり返るけど 完全に回ってるときは完全に静止状態みたいになるね というようなものも球体というものはもってる。球体でごっつい勢いで回っても球体にしか見えへん そういうほかの形態にないもんがあるなと これは使えるなと それがマルを選んだ理由でね 描くんもマル描きゃいいんで 他のカタチ選んだら それこそアリ描いたら ようけ描かなあかん そんなもん描いたってシンドイことやし マル楽やし 考え方としてもええし まだマルについての考え方はいろいろあるけど例えば山から岩石が落ちてきて川へ流れてどんどん海のほうへ行く。途中でその角が取れてくる。だんだんマルっぽくなって完全な球体にならんにして究極は球、円に近づいていく作用があるな  人間も年とったらマルなるいうけどね マルならん人もおるけど とにかく丸くなる方向にいきよるんです。雨でもなんでも落ちるときは丸まって落ちてきようし とにかく丸いほうへ行くのが これが一応方向性やとね 丸いやつがだんだん四角方向にはいかへんね やっぱりマルになる それがひとつの原理的カタチやなと いうこともこれを選んだ理由でもあるしね これはなんぼくっついても離れても とにかくマルの形態は完全に保存しとんいうかね こわれへんからね これも便利がええなと 小さくしようと大きくしようと非常に都合がいいんで マルを選んで でマルだけ選んでも ここに一つのシステムを作らなあかんなと この膨らみの山を下地に そこにマルを描き込んでいく線を使って そのピッチを下の膨らみに合わせて狭くしたり だんだん広げていったり それに合わせたマルの大きさがそれに伴って変化すると 描くのは中心になってくるとこから描いていくんで だんだん 山の裾野の方からだんだん山の方へ行くと、そこでいろんな変化が生まれる それはちょっと自分で予測できんとこが、この作品長々続けてこれたことで 非常にそこで いろんなカタチの変化 思いもよらん変化が生まれるいうとこがね これが自分を面白がらせたとこでね。ただこれもずーっと長々やってると これも自分の今言う原理が働いてるのか だんだんシンメトリックなカタチが生まれだしてね その例がこの作品ですわ シンメトリックいうたら左右対称形 左右同じように まったく一緒がほんまのシンメトリーで だいたい似てるような こっちもそんな感じになっとうわね 左右対称的な感じね それまでは不定形のグニャグニャした そういう形態ですわ こういう方向で結局だんだん 今言うようになってきて それが同心円になってきたのが 結局 向こうのとなりの部屋のね 材料とか考え方は一緒やけど形態がね 結局画面全体がマルになってしもて でとうとうマルまで辿り着いてしまうと なんかこの作品のスタイルはもうこんなもんでええやろという気が起きてきて それで今度はもうデコボコのこういうマルをいっぱい描くやつから一大転換したのが向こうの平面の同心円の作品に移るんやけど 結局もっとマルを究極に極めようかということで 膨らみも何もいらんわいなと エキスだけに絞っていこかという 考え方になってきたわけでね まだようけ喋ることがあるけどちょっと-休憩
一般の質問-「どれくらい時間がかかるのか?想像がつきませんので」
實-略 制作になるわな なるほど。今この年でコレもっぺんせえ言われたら1ヶ月でできひんわ。それだけは言える。20代 25前後くらいのことやからさかいにな 元気あるしな。金はないけど元気はあったんや 「質問-70年ですか60年代ですか?」64、5年 この仕事は63年から始まっとんか このころにあまり無理して右腕腱鞘炎でな その時分腱鞘炎もなんのこっちゃ分からんけど 痺れてもてなー肩のへんから 右手痺れてもて 寝てもどないしてもなおらへんし 寝られへんしな そこまでなったわ その後遺症は今もずっとあるねん 右手やっぱりな 無理すると調子悪なる これのおかげや 「一般-と思います。これだけの数数えて言っただけでも大変やから」ほんなもん数えたことあらへんわ。自分でも数えへんわ この頃よう言われた マル何個あるんですかって聞かれた。 数えたら数えれるけど そんなもんできひんわ。そんな暇あったら次の作品描いてるわね 他にないですか?
一般-「堅苦しいお話になるかもわかりませんけども 日本の抽象の原点じゃないかと言われる具体ですね。先生も所属されていたようですけども 当時の具体見てみると例えば 道の上にふすまを立てて向こうから走ってきて突き破るというような~紙破りのようなパフォーマンスのようなものが具体かと当時 私等思ってましたけど そのパフォーマンスのような人たちの中で先生のように肩がこるでしょう体力いるでしょうのような流れの絵を目指しておられる方が居られたのか あるいは先生は具体の中でどういうことに触発されて現在に至ることになったのか?」
僕自身は具体の生え抜きと違うんでね 具体の創立当時の主だった古参の人が前期時代で その中年に 僕は誘われて 具体で代表的いうたら 元永定正・白髪一雄・村上三郎・嶋本昭三は そのへんは 創立当時から主だったメンバーで その後に僕ら~僕自身は具体の影響はないんですわ もうこの作品になって この作品の上で 元永定正に入れ入れいうて 2,3年がかりで誘われて そやけど具体展はその当時見とったけど 皆 ごっつい作品なんか大きいんですわ あの当時は大阪の高島屋とか 大きい これはリーダーの吉原治良が片や経済人で吉原製油の社長 経済界に大阪では顔が利いてる人やし 片や芸術家でありながら 片や経済人で そのほうでも相当上にいるひとで ほいで高島屋なんかでもね 吉原治良の関係で 吉原製油が相当力があった時代やったんで 昔からの油屋やからね  そういう関係で立派な絵を描く(場所) おさえられた してたんやと思うんやけど 事実そうなんやね 高島屋の屋上で空中展覧会って  世界初 アドバルーンいうんか 世界の現代美術作家集めてね やったことがあるんやけどね そういうことできるんは吉原治良の 経済基盤あったからで ぼくはそんなことは知らん その当時そんなことまで知らんと見てる ほんなら皆ごっつい超大作で ほんで入れ入れ こんな会入ったら金つづかへんわ思って 皆ごっつい大金持ちのぼんぼんかいな思ってね それくらいそんなんやったからね こんな立派な会場で展覧会次々やれるもんやな それで誘われたけど 入ってほんなもん金が続かへんな まずそれが一番の心配で ちょい待ってくれ もうちょっと とうとう最後に入ることになったんやけどね やから具体の作家の作品はおもしろいと思って見てるけど それに刺激されて自分の作品が出来たいうことは一切ないんで こっちはこっちやから 具体入って 僕だけちょっと別口ですねん 他はみな具体でごっついしごかれとんや ほいで白髪さんがいうんや 白髪一雄ね 足で描く 小野田君だけ そのしごきというんか そういう目におうてへんないうて そういう風な別の言い方でいうてたけどね  たいてい吉原治良にしごかれた 具体の新人展というのがあって 若手がなんとかこう具体に入れる登竜門みたいなね その前段階は芦屋市展 芦屋市展が具体の主だったメンバーが審査員でやっとるからね  そこで眼をつけられたやつが 具体の新人展に出せる ほいでごっついトラックに山盛り作品積んでもってきたりするけど あかん言うて そんなん持って帰らせる ほらごっついしごきやで うん こっちは全然その目におうたことないんで はじめから吉原治良も喜んで迎えてくれたんで あの当時 あっち そこの資料のケース ガラスの あの中に ガランいう本がある あれ詩画誌ガランいうて 詩と絵と結び付けてね あれも僕の発想で 全部あれしてね あれを知ってたわけ その前から 吉原治良が それで僕が入ることになって あの仕事ええ仕事やね と褒めてくれたりね その当時 あの中(ケース)にもあるけど現代美術の本の表紙になっていたのを あれも僕が入る以前に 吉原治良見ててね それやから文句ない いうか歓待 ぼくは具体でどうやいうの全然おうてへんしね ぼくは僕なりのあれで 他のやつは 仕事も早くできるやつばっかりやから こっちは 手間ひまかかっても ほいで売るときは大きさのあれで売るさかいにアホらしいて で売れたら金いれへんしね 結局どないなっとるやらさっぱりワカラヘン そういうこと喋らんかったら具体ってごっついもんや思うけど 実際は そんな話は裏話にしとかんと あんまり言ったら 具体のイメージダウン 今ごっつい世界的に具体具体って いうことですね。~いまもそうやけど、直線と曲線 これやっぱり 全然違う その対比的な違い ほいで曲線の世界は これは自然やと思えるなと 自然界でほんまの完璧な直線いうんは そんなん ある?物理学者や学者やったらある言う人がでるんか知らんけど 僕はなんぼ考えてもそんなもんある思わへん くわしく(平瀬さんに)アル思う? ひとつだけ かたちでこうね 物体的に見えないけど 一つだけあるんは 光や 光は直進するいうて 僕は学校嫌いやったけどそういうことは好きやったからね 理科とかね 光は直進するいうて 光だけはまっすぐ行くんやなと あともうひとつ考え合わしたら 重力 あれこう糸重りで吊ったらまっすぐなるね  あれも一応自然界では直線の 形態になりうる ある作用 そのね 条件付け かなと思ったり するけどもまず直線いうんは自然界に 人間の体あけても直線ないわね みな曲線やね ぐにゃぐにゃ曲がりまくって  で~物体的に見える範囲でええんけど 100メートル 完全な直線が作ったとしたも 1万メートルでも何万メートルでも構へんけど 実際にはそんなもんできひんけど 出来たとして 100メートルの一番先っちょが0.01ミリ ちょっと こうズレとったらね それどんどん伸ばした曲線になるなと 元に戻ってくるな それが小さかったら円が大きなって そやからこう宇宙いうんは、どっかでずれとんちゃうか ほんなら ごっつい大きい宇宙の囲いができるんちゃうか そないなってくると 今度外の なんかしらんけど面としてのばしてのばして 直線いうんは線やけどね 直面をとにかくどんどん伸ばしていったら ちょっと曲がっとったら 元に戻る いう風に考えるとかね さっきの還暦の話も 60になってやっと戻ってくる ふりだしに まぁそんなことを考えたりしながら~それで次行こう
平瀬「あのーたぶん今の話は私の考えでは 後の作品にも影響が出てくる話ではないかなという気がしますので。そういうことも考えながら次のコーナーへ移りたい思いますので」
これはこれなんや で ということは例えば今火星に行ったりお月さんは大分前に行くいうか 見る言うか あれ行くまでは どんなんなっとうかな 結局見たこともないとこに それでまぁ あれもその あれやったらね 地球上とよく似たところあるさかいにね アメリカのごっつい グランドキャニオンかアフリカの砂漠か あのへんに行けば似たような風景があるなと それは地球を照らし合わせてみたら そないにびっくりせえへんわけやね お月さん全く初めて見るときはへーこんなもんかーと思うけど まぁ わりと安心して見れるというか そやから最近出てくる風景 なんや見たような風景あるさかいにね それ見てごっついびっくりせええへんわけやね~
15:16:04~録音なし~15:16:36
姿見ただけで 絶対 (食べら?)れん人がおるわね するわね  そんなもんで(食べなわからん) 話が そうでもいわな これ以上な!
平瀬「そうですね。ただあれですよね やはりとなりの部屋から比べるとちょっと違った感覚の。。。」
これはあのーいろんなもん全部とぱらってしまって えーまっあっどっか本に書いたやつでいうとー まー手も足も全部とって 達磨みたいなとこから何が出来るかと 一番極限までの あのーなんちゅうか無くしてしまって それで何が作れるかということになったのがこれ 今まではなんか別の形 そっからちょっと描いて行ったりとか(変化していたりとか)そっからちょー その辺に描いてみたりとか 盛り上げるとか ? そういうことをいっさいどんどん省いて省いて省いていったら 省いていけばいくほど円に近づいていくと 究極のカタチにどんどんどんどんなってきた いうことやね まー作品の制作の流れから言うとね まーそんな風に見てもらってもいいし そんな風に思わんでも構わへんし っていう作家はー作る方は もう色んな事を考えてやるからねっ たったそれだけで出来たんでも無いし もー色んな考えや色んな経験や色んなものが全部ねっ もー複合して そっからある時ずーっと焦点しぼっていって まぁ こういう考えでこれに定着させようと いうだけの話で いましゃべっとんのは どれとったってそれだけでは こんなんできひんからね まぁ 分かりやすい例としてまぁ何通りかのこと言うてるけどね まーそういうことなんです
平瀬「あれー例えばですね ちなみに色の選択なんですけどね 大体黄色いものが多くてだんだん ? ここはほとんどこういう色ですよね。それはなんか」
それはえー質問や 僕は言おうとしとったことや 黄色の作品のねデコボコの 隣の部屋の あの時に選んだ黄色いう色は一番嫌いな色や 僕が その当時は いや 具象時代にね 具象時代にあんな黄色なんか絶対つかわへん でーまー その当時はもー渋ーい まー見てもうたら分かるけどね? 汚そうな くすんだような 茶色っぽいうかそういう色ばっかりでやっとったし ? 風景でも(----------------)綺麗な風景見たって絵に描く気せえへんし まーそういう具象時代に別れを告げた時に まぁ1番嫌いな色が黄色やったんや やから自分がやっぱりね 自分自身を革命を起こさんことにはね 新しいものは生まれんなというとこから 一番嫌いな色をつこてみたれと それが黄色や 黄色の下地を作って そっから他の色を必然的に持ってきたらとあーなったと言うことで まーああいうのが こう イメージが浮かんできたんと ぜんぜんちゃうんで 頭に浮かんでこうイメージでできる作品いうのは  レベルの弱い作品で長持ちせーへん。それは何年も継続出来んですわ よう知らん人は 芸術家いうたら 作品で-----なんか閃いて なんかできるんですか いうように そんなわけでもあらへんし そんな風な気になるときがあってもね あくる日にみたらしょうもないわ。そういうことです。
一般質問「すみません。黄色の前の 真っ赤な絵の 赤を使ってらっしゃたのは なにか赤にあったんですか」
平瀬「初期の?あー」
真っ赤の 膨らみの あれは とにかく どういうてええもんやろな 自分も見たことないもん作ったろう思って 穴開けてみたんやけど ふくらみの上に その穴は パイプにつながるしね パイプの話しいうてたっけ 次々変わるから あのパイプの先 チューブ あれも筒やしいわゆる円やし 筒やし 円やし 穴やし そのやつは ずーっと流れてきとんや そやから一番根底にあるテーマみたいなもんはずっと続いている 最終までね それはこれからも続いていくんやろ思うんですけどね で あれはなんかね あーいう膨らみのある真っ赤のね あーいうんのんができたら面白いな いうね どんな感じになるやろな  自分がそう思って作ってるからなんとも説明しようがない 自分が見てほーっと自分が驚くような世界を作ろう思ったら ふん それしか言いようがない 他に例 できてから 後から人に黄色いやつ あれは木の年輪からヒントを得たんですか 歯医者してるひとが 東京の個展の時に 歯の断面を顕微鏡写真撮ったら ちょうど こんな感じになるんですが言われるけど そんなもん見たことないし  木の年輪なんか思いもよらへん それは後からこっちが見たようなやつに当てはめたら 地図の等高線ね あれは 説明するときに 取材なんかやったら 電話で聞いてこられたり しゃべるだけやったら説明どないいうてえんやら 円描いて線描いて 地図の等高線みたいになっとんですわ 言うたら ちょっとは分かるかいな思って言うだけの話で 地図なんか全然まったく無関係な話やし まぁそういうことなんです。
平瀬「そうしましたらまた-----」
平瀬「次に 今までのこちらの部屋から 美術館の展示の構成としましては大体時代順に流れていまして 初期の作品から黄色い作品 赤と青の平面的な同心円の世界に入ってくるんですけど こちらになるとまたちょっと時代順でまた違う時代になってます。最後まで実は大体時代順になってますけれども またその流れと 小野田先生の作品は小野田先生もおっしゃっているんですけど 初期から最後 最後って言ったら変ですね あのーそちらの一番最近作まで まー何か関連性がすべてあるというように おっしゃて---- あのーそういうことも含めて またこれから話していただこうと思います。それでまた あのー時間もずいぶんたぶん 今ですと1時間20分過ぎているところなんですけど 非常に面白い話をしていただいてるんで もしよろしければこの後もおつきあいしていただければと思います。それでは先生 お願いします。」
同心円の時期はあれで切りつけて そこでもう打ち切りにしたんです。これ以上やったって もう自分で大体あと想像できるさかいね もうあと自分の想像がつくようなことになったら もう作ったって 自分がびっくりせえへんしね 驚かん状態になったら これはもうあかんな この辺でやめとこかと で もーあのやつも最終段階になったら次の作品いろいろどないしようかいうね 次の手を考え始めよったわけで そっからこういう作品ね 途中 廊下に小さいやつ いきなり最初からこんな風にいかへん 最初は 小品からね 紙の作品から 試作的に始まって これやったら大きい作品するには どういう材料使ったらええかとかね どう作れば頑丈にできるかな で そのきっかけになるやつは小品で廊下のほうに飾ってあるんかな 紙に ちょっと厚手の紙に 貼ったり 穴あけたり いろんなカタチに切ったやつをいろいろ あの辺が そのとっかかりやね これの これは考え方としたら 物と物 大体二つのもの それは3つにもの これは1つやけども とにかく物と物とが が関係しあう 物と物が関係しあうと その なんちゅうか ひっつくんも関係やし ちょっと離れるんも関係やし まぁ それにしてもこれにしても 二つの大きな形がひっついとるわね これをそこに こういう微妙な隙間 でさっき言うてる曲線的なもの ひとつだけと こういうもうひとつのもんが接触してくると そこにもうひとつの形が生まれてくる その面白さに眼をつけた でまた 考えてる世界で あのー結局地球上で とにかく 物と物の関係やなと もうひとつ本質は まー円やなんかさっき本質の話で 次は関係いうのが次の究極の なんか関係やなと なんでも関係やなと 物が存在するのは 物が存在するのは それひとつだけで存在できひんからね 何かと何かの関係で存在するというね やから人間が生きてるのも 地球上で自分ひとりだけ ぽつんと生きとるわけやなしに 人間の関係 親子関係 家族関係、友人関係 社会関係 全部関係やからね その物と物 ひととひとでも なんでも置き換えてもうてもかまへんけど とにかくすべて関係性 ということが発想の基本になってその関係の作り方で もう一つの目に見えんもんが生まれてくる いうことがこれね で見て気分のええ関係にせんことには絵にならへんので 見て気分の悪い関係やったら 見とったって面白ないし というね  というようなのが考え方の基本にあって そやから関係世界によって生まれるもうひとつの形 いうね それから色もそうや 色もこれは赤と黒とかね、青と黒とか これも色の対比関係 あっちは3部作 それグリーンとくすんだグリーンとの関係 藍色に赤を持ってきて 赤をチラチラ 見せて チラリズムで見せる関係とかね 全部その関係なんですわ 物と物との 接触の仕方とか 完全に隠して見えんような関係つくったり ところどころ見える風に作ったりとかね そこをおもしろがってる それが今度 向こうにでてきたんは あのーこれも関係の世界やけども 周辺とか境界とかね そういうとこに今度は焦点当てて考え出したら そういう作品で いまこの手前のこのやつ 裏表で こっちがわとこっちがわ それ両方一対の作品になっとるんやけどね これそっちの部屋の えーそっちにもそのね 一対の作品ある 裏と表の 関係 別の言い方すると 女形男形という言い方 メスとオス そういうね 裏腹の関係 裏腹の関係と その端 端っこの関係 その辺のとこに 造形上の 工夫をもってきた そういう作品なんです。 その枠みたいに見える 波型のね それも 赤と緑の 合わさり方の関係ですわ これは外側やけどこっちは中身がこっちにまわっとる まぁ こっちが女形こっちが男形 石膏 彫刻なんかやったら 粘土でね像作るわね それが完成したら石膏でかたどる 石膏でかたどりしたやつは女型 そこへ流し込んで 型はずしたら 粘土で作った像ができるわけで そういう原理に似たようなもんで そやから裏が表になったり表が裏になったりとかね どっちが裏やどっちが表やら そういうのんも 関係世界やし こっちが表や言うとこっちが裏になるし こっちが裏や言うとこっちは表になるし  裏表がいっつもうろちょろする。いっつもひっくり返ったりなんかする それも関係やしね その関係のなんかこう変化 というか ゆらぎというか 一定せえへん その曖昧さ なんかウロウロしとると そんな人もおるけどね 人であんまり どっちつかずでどないなっとんやという風になってんたら しにくいけども こういう芸術作品はおもろけりゃええんやからね そういうような考え方ね であそこはもうそれが究極まで行って枠だけになってしもた であれ さっきは同じもんがようけ集まったらどうこうって話ししてたけどね あれね 中の白いとこも壁やし 周りももちろん壁に 枠だけあって あれなにも額縁ちゃうねん あれはひとつの状況なんですわ 関係のね あれは一応中と外と 枠の作品で 区切られてあるんやけど あのあーいう風になってみたら中の白い壁ね ただの壁に見えへん あれなんか 新たにキャンバスでも張っとんかいなというように 質が変わるんやね 横の外の壁は壁に見えるけど 中は同じ壁に見えん感じがするはずやと思うんや 感じる人が見たらね 感じん人が見たら一緒やんかい そら傍に寄って見たら一緒やけどな そこが変わって見えるという微妙なとこやな 微妙な感覚のずれ方がおもしろいんや うん でそういう風なところが狙い 結局見えるもん作りながらそういう見えんもんをね こっそり用意しておくというんかね それがこっちの企みですわ ちょっと手がこんでん まぁそんなとこで分かってもらえますか
平瀬「何か ここでも何か質問がございましたら あと感想でもいいんですけどね だんだん質問って難しくなってきてる方もいらっしゃるかもしれませんけど なにか思うことありましたら そしたら一応最後のコーナーに 次に移らせていただいて 」
平瀬「そうしましたら一応会場ここが作品としては最後のコーナーになります。実は先ほど申し上げていましたけど-----」
えっと まーいろいろしゃべりましたけど もうひとつ大わけにしてる考え方は あのー黄色い円の膨らみの あの仕事から 同心円のブルーと--- あそこまではシステムなんです そういうシステム作ってね だからシステムの作品 でこっちに関係のどうこういう話してた この作品からはシステムではないんです。 一応あの当時個展したときにシステムから総合へというサブタイトルつけたことがあるけど もうちょっと分かりやすく言うとシステムからの解放と考えてもらったらいい 自分もそういうつもりで 今度はそいうシステム的な 約束事の中で きちっとそれに合わせていくというんではなしに もうとにかく自由自在になんでもやろうということで 作品がそういう変化ね こっからね これは こういう黒いやつね それが一番最近 ちょっと変わってきてるけどね これは今度は どう言うてえんかね これは例えて言えば 書にも似てるとこがあるんやね 人間の体と呼吸の使い方で なんか作れるかな いうような要素が相当入ってる作品で そやから今までとまるきり違う。そやけどずーっと一貫して続いていってるのは どっかに穴がある 丸い穴があいてる でまだ全然空いてないのは まだ考えよんです。 考えとう間にこの展覧会 間に合わんようになって 穴はね すぐポンポンとあけ 結果見たらポンポンと 空いとうけどね どこへ穴あけるかを 大きさとか位置 いろいろ 相当考えとんです 簡単にすぐ出来る場合とね なかなか穴の位置がね 見つからんというかね ちょうどあのね 鍼か灸のひとがツボ探すみたいなもんやね 作品にもツボがある ここや言う そのツボが 見つかるまで何日もかかるくらいよりも 何ヶ月もかかったりね 一年くらい考えてやっと穴があく場合もあったりね そのときの作品によって すぐ穴 あっココやいうて穴あける場合もあるけど どうしても決まらんまま ずっと作品アトリエに寝かしたまま 毎日明けても暮れても 見るんやけど 決まらんままの作品もあるわけです それが決まらんまま出てしもたのがあれです。あれはあの 穴を抜かんやつにしてみよかというつもりで作ったけど やっぱり見てると やっぱりね 穴が必要やなと 見れば見るほど穴がいるなと 穴なしをいっぺんやろか思ってしたけどね やっぱり穴がどうしてもいるなーいう気がだんだん あれ一年くらい前のやつや 「平瀬-そうですね。2002年ですね」それで一遍発表もしとんやけどね そのときはそのつもりやたけどね やっぱり穴が必要やなと そんな作り方の そういうところのあれにおるわけです ちょっと黒い 黒とブルーだけの限定された色だけでずっとやってたけど 去年の秋から ちょっと また色彩を復帰させてみようかと いう考えが起こってきて けどまだこっから先 どうなるやワカラヘン まだ未知数や ということで今止まとっるんや それともうひとつは この黒い 今説明したこっちのね これはね はじめからこういう作品作るつもりではなかったんやけどね あのー石の彫刻の作品をね 作って その石の彫刻のための発想を考えが 石の彫刻のために まぁ 練ってきた考えやったんやけどね そいで石の彫刻はできた ひとつは まぁ 小豆島で制作したんやけどね 6トンの石使って 黒い石をね それで完成さして 後 続きの それはもう 依頼されて 注文のやつやからね 石の彫刻なんかできひんからね あと続きのやつが2点3点とあったんがね バブルの崩壊で アウトなってしもてな そいでその最初の1号作品ができたのは その会社の新社屋ができて その前庭に モニュメントとして 依頼で制作して それが それ一つで止まってしもてね なんか 後 ずーっと続々と石の彫刻つくろかと思っとんが とぎれてしもたんで それを平面に置き換えたら どうなるやろかという考え方とったんが こういう形になってきてね それを板つこてね それも板ようけ板キレッパシ なんでもかんでも集めとうから なんでも見方変えれば作品の材料になるんで この中には蒲鉾の板が入っとうわ あれ それでも あかんね カビが来るわ なんぼ乾かしとっても なんぼ洗って もう蒲鉾の板はほかすことにしたけどね 始末悪いんや カビ生えてくるんや (作品を指差して)下はもう蒲鉾使わずや 上のやつは一号目で 下のは蒲鉾やなしにこういう合板の作品とかいろいろ枠も自分で大量に----- ほな切れ端ようけ貯まってくるわね それ貯めとって なんかこれでできひんかな思ったら 石の彫刻できんようになって欲求不満がここへ結びついて 材料これやったら なんぼでもあるし そやけど これもけっこう手間かかる これ穴あけたら ごっついゴソゴソで そこを綺麗にしよう 手間隙かかる 穴に 丸いヤスリでやってもゴソゴソ 色塗っても ゴソゴソするし 綺麗にすきっとした穴にならへん これもやめた これしんどいわ ほれでそういうことから 彫刻の欲求不満がこうなったんやけどね これは割合 欲求不満もあったんやろうけど 身体的欲求不満の発散の というてヤケクソで描いとんちゃうで ちゃんと冷静に 計算して これはしんどいんや 体力いるんや今の一番最近作は 見てもワカラヘンけどね あれいったんやり出したら途中でやめられへんねん ごっついしんどいんや  見るほうは何にもしんどうないけど あれいったん取り掛かったら7時間離れられへん えらいで うん アクリルやから 乾いてしまう 乾かんうちに 次々やっていかなあかんやろ ほんなら ほんまにえらい仕事や そやから それでちょっとな 後どうしようか そういうとこです。
平瀬「それであのー もしここのコーナーのことで なにかご質問やご意見 それからですね 今まで ここで最後のコーナーになりますので なにかせっかくの機会ですので こういうこと聞いておきたい こういう質問してみたいとか ありましたら ぜひ」
一般-「この作品までは 比較的年代が重ならずに来ている様に思いますけど この二つ重なってません?」
平瀬「えーっとね あちら84、5から90、92年くらいですね ここだけ実は重なっています ここが重なってます。そこだけ重なってます」この辺は向こうの続きがちょっと残っとるね 平瀬「だから一応連続はしてるという 一般「重なっていない?」平瀬「重なってるといえばわずかに重なってるんです だいたい同じ時期のものが この凧でも90年でしたっけ」あー これ実際空へあげとんやからね 空へ 競馬場のとこ 90年の1月 その時だけ 芸術部門いうのを 凧上げ大会 全国のあれで 井上さん言うて 玩具館がやっとんや 芸術凧の部門を作る言うて こっちもその気で 作家も誘って これ作って けどそれ一回きりで ぽっしゃってもたな 結局分からんねんな 見とる人も うん それが面白い思えたら続いとったで  平瀬「これでもちょうど前の年でしたっけ アートカイト展というのが この姫路の美術館でもあったんですけどね あそこでも小野田先生の 出されてた」アートカイトがきっかけで ほいで井上さんが 凧あげ大会の芸術部門でやってもらえへんやろか言うさかいに ほらやったろ そやけど 一回きりや  うん アートカイトいうてね これはドイツ文化センターが企画主催して 日本を皮切りにして 全世界の主だった美術館巡回して 何年もかかって ほいで 最終的に ドイツのデトモルドというところか そこにアートカイトの美術館作って 出来て そこのコレクション全部アートカイトの作品ばっかしで これは世界の現代美術の主だった作家の 作品が集約されてるやつやからね ドイツ行ったらそこ見に行ってもらいたいや。どないなっとうか 大丈夫やろけど まぁそういう作品が の そういうのがあったんで これはちょっと続きのね 形態は 中味が違うけど あん中に(たぶんケースの中に) そのときの図録があるわ ぶっとい本 受付で売っとうで ごっつい安なっとるわ 
平瀬「そうですね 実は内緒ですけど 当時は2500円で売ってたんですけど なぜか1300円 さっき書いてた気がします」
あんなかに描いてるとこのページもカラーで次のページにのってるさかいに 
平瀬「ぜひその顔を見ていただくと今と全然 あのー 髪型が」あのころまではずーっと丸坊主でやっとったんやけどね 白髪が生えてきだしてから伸ばしたんや 白髪の丸坊主いうたら なんか変 もひとつや思て 入ったところのあそこ 坊主頭で描いとう 白黒の あれが黄色い作品時代のころのやつやからね 平瀬「なにか質問ございませんでしょうか ほんとにどんなことでもいいと思うんですけど」
伊丹美術館質問「よろしいでしょうか?とても基本的なことなんですが あのーさきほどの あちらのコーナー ブルーの作品あたり 赤い作品あたりのほうで 大変きれいな円が並んでおったのを ほんとにCGで描いたんじゃないかという感じで 思えたんですけど あのー描き方というのは なにか特別に?」
うんうん そら やっぱり 道具 質問「コンパス?」コンパス的なもの 一応コンパス的なもの いうてもどんな方法とっても一応コンパスやわ 自分で作ろうとどないしようとコンパスの原理でしか描かれへんからね 質問「一応そういうものを?」そうそう
あんなもんフリーハンドでなんぼなんでも 質問「それまでの作品はわりと円といっても手で描いたかなというところがあったんですけど」それまでは 手の技が全部分かるわね------ フリーハンドで描いてるわけやからね そやけどそれはね あのー 手のね そういうもんを見せんように 一番努力しとんのはそれや だから ぶれんように 失敗せんように 質問「綺麗になぞって?」 まぁ一応烏口いうね そうやないとできひん 他の方法では無理や けどあれでも最初から烏口使ったわけではなかったんやで 最初は 型紙作っとったんや  円盤をようけ あのピッチを いろんなピッチの 型紙作って それに沿わせて烏口使てやりよったんやけどね それで全部あの線は2回塗り 一回やったらムラができる だからしんどいんや  質問「しんどいだろうとなと思います」見るもんが見たらすっきりしてえーかど 作るほうはシンドイ作業や 質問「手で描いんだったらこれはすごいなと」そいで真ん中に穴空けられへんし そこはまぁ 手品の種みたいなもんで 全部ばらしたらおもろない 考えてもろて
平瀬「他になにかございませんでしょうか? もうどんなことでもせっかくの機会なので たぶんご本人とお話する機会はめったにないと思うんで なにか」
難しく考えすぎるんや 抽象はみんな難しいに考えんといかんもんやと思ってしもて 抽象画みたいに楽なもんあらへんわ 見たら分かる それやもん 何も考えんでも 見えたもん もう一つ分かりやすい例でいうと その話も 今日ちょっとしてもええな思って ちょっとネタ 時々 前からいいよったんやけどね みなわからんわからんいうけども 例えばテレビみな見とうわね テレビ見て分からん言う人おらへん テレビ見てわからん人誰もおらへんやん けども僕やったら これなんで写るやろなと なんでこんな色出て こないになるんやろ 僕の子供のときと一緒や やっぱり中見となるねん 裏はずして どないなっとんかな 何でこんな風になるんかな思って 僕はそうなってしまうんや そうなってくると テレビなんかどういう風につくっとるかどないなことでどないなっとんかと そんなもんワカラヘンわ そんなん分かってみとう人おる? テレビの中の中あけてみぃ そらややこしいで そらもうゴチャゴチャや ふん 昔やったらいっぱい真空管あってな ラジオでも ラジオの裏あけたり 線だらけやし 真空管やら トランジスタやら あんなんすきやからな 僕は そのラジオ聞いとってやな 聞いてる 出とうやつは分かるわな テレビでも映っとうやつは見て皆分かる そやけどその装置の中 その装置がどういう風に 作ってあんのかが わからん と皆平気で 見て 何の疑問もあらへん 僕の作品でも そんな裏まで覗いてやな どないなっとんや言うて 作品の裏あけたりとかせんかて 見えたとおりで 見えて感じたら それで分かることや それともうひとつは 抽象いうんは 作家いうんはもういろんなこと考えとんや 考えとうことを 今日みたいに ほんのいろいろ 分かりやすそうなことだけ言うてる やけども もっといろんなこと考えて いろいろ目に見えるもの 耳から聞こえるもの 音楽 あるいは詩とか小説とか 文学系のこと 世の中のことやら 戦争のことやら 犯罪のことやら いろんなもの いっぱい情報 詰め込まれとうわけやな その中から 結局 いろいろそこを組合わして いらんもん省いたり いろいろ組合したりして 結局 抽出するんや 分かりやすく言うたら 例えば お酒飲むとせんかいな 日本酒飲むやろ 日本酒飲んで 飲めんひとはあかんけどな 飲めたら旨いなと ほんならそれお酒 いうたら 液体なってもとうやん それ元の姿 どないなっとうか 知らん人やったらわからへん 酒は米やいうて それは常識で分かるさかいええけどな 芋焼酎いうたら 芋や けど芋の姿ないやん 米の姿もないんや 液体になってしもて味がちゃうだけ それぞれ ぶどう酒 ワイン飲んだって ブドウの形しとらへんし 結局そのものから抽出したもん 抽象いうんは抽出されたもんやからな うん 作家の中に ゴタゴタあるんは 芋もあるし米もあるしジャガイモもはいっとうし なんやかんや いろんなもんがごちゃごちゃあって それ全部どうやこうや言うたって よけいわからへん それを一生懸命 まぁ言うたら漬けもんの樽みたいなもんや 朝鮮漬いうたら ようけ 魚やなんやかんや詰め込んでええ味出すやん ほいで何日か 寝かしとかなあかんやん  こう熟成するまで 味噌でもそうやけどな そやからまぁ 作家の考えてる中味言うたら 漬けもん桶か 味噌樽みたいなもんや ほいで見る人はそれをおいしい食べる こうやね そんなんおいしい漬けもん食べてな その漬けもんの作り方からどないしてするんや そんなもん全部わかる必要あらへん 作る人はそらもうそれぞれいろいろ知恵絞って 旨い漬けもん それぞれ作りようやん 人がやってへん その独特とかな 酒でもそうやん みんな競いおうて それやっぱり企業秘密になるさかいな ほんまにマネできひんようなことは絶対教えへんやん 料理の板前の人でもな そんなんテレビでよう見る時間あるけどな あれほんまにやっぱりここいうとこや あれは伏せとんやで プロの技や なんか言うとうけどな 肝心なとこは絶対伏せとうんや思うわ うん それぐらい苦労がいんねん いうようなことを作家いうのは考えてるわけで そやからエキスだけ見とったらええねん 
一般質問「あのね。ちょっと見せてもらって黄色の あーいう円をね それから次の同心円の絵とかね そこの平板の絵がありますね 皆見とったら 私ら描いたら 平面描いてもね 筆で描いても刷毛使っても 色むらが出来る思うんですわ 出来上がった段階でね(實 アクリルなんかごっついムラムラになるで) 同心円の なんか見ても 色むらがないでしょう?」色むらがないようにしよんねん「それが不思議やな思って どないやてやられるんか思って」そこは研究開発や 「ワカランとこやね」けどそれが分かったって それ真似してこんなん描いたって 意味あらへん 僕の作品の2番煎じか3番煎じか そんなん作ったってしょうがない 「こんなん描こうとは思わんけどね。どうしたらあんなに色むらなく どれみても」それはいろんな道具材料開拓してそうならんようにいろんな方法を使てるさかいにね そやからそう簡単ではないわ 「そない思います。ほいでやぱっりこれ何回も描いとんですか?無地の色でも。赤とか青とかグリーンとかね」うん。何重も重ねんと 1回や2回塗ったってこれはムラムラや というて塗りすぎたら 今度 ちょっとデコボコ が出てきたら今度これはね いやらしいなる そこは加減が難しいわね「これなんかデコボコ 意識して?」そうそう デコボコが出るように意識してるん
平瀬「他に何かご質問ございますでしょうか?そうしましたらあのー随分長時間になりましたけど とりあえずここで本日のギャラリートーク終わらせていただこうと思います。小野田先生どうもありがとうございました。(拍手)最後にですね 一応これであのー終わりで この展覧会いちおう 1月の30日までやっておりますので 今のお話を ご家族の方にでもしていただいて また他の 一緒に連れてきてもらえばなぁと思います それからですね 先ほども話しにありましたけど 展覧会に関するパンフレット 販売しておりますのでよろしければ それからもうひとつ これは当館のことではないんですが 1月の24日からですね 兵庫県立美術館 灘の 小野田先生も所属されていらっしゃいました具体の回顧展 これかなり大規模なものになると思いますけれども 開催されます そちらのほうにも 小野田先生の作品が4点 出品されることになっておりますので そちらもぜひ合わせてみていただくと面白いじゃないかなと思いますので 当館のほうも共々 よろしくお願いします。本日はどうもありがとうございました。」


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