年譜-Chronology-
work73-9Y

「WORK73-9R」 1973年


小野田實(実)の年譜-Chronology-

1937年 旧満州(現中国吉林省)に写真家の小野田潔の長男として生まれる。
     祖父は博物学者で画家の小野田伊久馬(龍吟)
1956年 大阪市立美術研究所入所
1958年 第12回二紀会展に初出品(東京都美術館)以後1975年退会まで出品
1960年 第7回関西二紀展佳作賞
     第14回二紀会展奨励賞 
     姫路アンデパンダン展を組織(1965年の第6回展まで姫路各所で開催)
     われらの新人展(市立神戸美術館)
     大阪美術学校卒業
1961年 「繁殖絵画論」を発表(「姫路美術」創刊号)
1962年 第9回関西ニ紀展さくら賞
1963年 「コンファランス二紀」の運動を山本貞と興す。
     第10回関西ニ紀展佳作賞
     第17回二紀会展佳作賞 同人に推挙
1964年 第1回ターナー賞展 ターナー賞(最高賞・グランプリ) 
     個展(東京/ルナミ画廊)
     第3回国際青年美術家展 ヨーロッパ・日本展(東京/西武百貨店)
     個展(京都/ギャラリー16)
1965年 個展(姫路/山陽百貨店)
     現代美術の動向ー絵画と彫刻展(国立近代美術館京都分館)
     個展ーダイワ俊鋭作家シリーズ(神戸/ダイワ画廊)
     第16回具体美術展に出品、会員となる。(東京/京王百貨店、以後1972年の同会解散まで毎回出品)
      SEVEN ARTISTS FROM KYOTO(ロスアンジェルス) 
      現代の欲望100展(東京)
1966年 現代美術の新世代展(東京国立近代美術館)
     日本現代美術7人展(サンフランシスコ・サンディエゴなど米国各地を巡回)
     第2回ローザンヌ国際展(スイス/カントナル・デ・ボザール美術館)
     具体小品展(オーストリア/ウルフェンガッセ画廊)
     汎瀬戸内現代美術展(岡山総合文化センター)
1967年 具体美術展(オランダ/オレッツ画廊)
     南日本現代美術展(高知)
     第2回姫路フェスティバル「城下町往来」舞台装置制作 
1968年 第6回姫路文化賞受賞 
     詩画誌「GARANT」創刊(挿画・装丁・編集=1号~8号)
1969年 ヒロシマルネッサンス美術展(広島県立美術館)
1970年 万国博「みどり館」具体グループ展(大阪/万国博みどり館エントランスホール) 
     第1回兵庫県美術祭(兵庫県立近代美術館)
     アトリエでひらく個展(姫路)
1972年 吉原治良を囲む輪展(大阪/藤美画廊)
1973年 姫路代表作家展(姫路/ギャラリー土井)
1974年 個展(神戸/白山画廊) 
     第1回ネオ・アート展(創立・主宰、神戸/白山画廊以後毎回出品)
     村上三郎、嶋本昭三らと「全骨類」をつくり、メール・アートによる第1回活動
1975年 3人展[飯塚八朗・小野田實・松谷武判](姫路/ギャラリーdoi)
     アーティスト・ユニオン結成並びに運動に参加 
     第4回瀬戸内現代美術展(岡山県総合文化センター)  
     第1回東京展(東京都美術館)
     二紀会退会
1976年 アートナウ’76(兵庫県立近代美術館)  
     アーティスト・ユニオン・シンポジゥム’76(東京都美術館以後毎回出品) 
     JAPAN NOW(サンフランシスコ) 
     第2回ネオ・アート展(4会場同時開催 姫路・高砂)
     '76現代美術13人展(神戸/ギャラリーさんちか) 
     今日の空間展-インフォメーションとコミュニケーション(横浜市民ギャラリー) 
     具体美術の18年展(大阪府民ギャラリー) 
     半どんの会文化賞[現代芸術賞]受賞
1977年 個展(大阪/春光画廊) 
     第6回兵庫県美術祭(兵庫県立近代美術館以後毎回出品) 
     個展-アート・コア現代美術'77シリーズ[絵画](京都/アート・コア)  
     Ge展(大阪府民ギャラリー以後毎回出品)
1978年 寺河俊人著「とく往かばや」挿絵連載(『本願寺新報』1月~12月京都西本願寺発行)
     第2回金山賞候補美術展(兵庫県立近代美術館)
     具体の版画展(大阪/今橋画廊)
     アーティスト・ユニオン奈良での展(奈良県立文化会館)
     ART'78瀬戸内(松山/愛媛県立美術館)
1979年 特別展「吉原治良と具体のその後」(兵庫県立近代美術館)
     個展(大阪/今橋画廊)
     第5回ヒロシマルネッサンス美術展(広島県立美術館)
1980年 個展(大阪/サントリー文化財団・3月のギャラリー)
     椎名麟三文学碑(文字揮毫・岡本太郎)設計・制作 (姫路/書写山)
     第1回架空通信テント美術館(西宮/夙川公園以後毎回出品)
1981年 歴史小説『赤松円心則村とその一族』(井戸誠一著)の挿絵・装丁担当
     兵庫現代美術展―海―ポートピア'81協賛(兵庫県近代美術館)
1982年 個展(西宮/アトリエ西宮)
1983年 寺林峻著「立山の平蔵三代」「富士強力」挿絵連載(『岳人』1月~12月)
1984年 第6回姫路市芸術文化大賞受賞 
     個展(西宮/アトリエ西宮)
     岐阜アンデパンダンフェスティバル20年後の動向展(岐阜県美術館)
     寺林峻著「幻の氷斧」挿絵連載(『岳人』7月~12月)
     第9回Ge展(京都市美術館)
     いま絵画はーOSAKA’84(大阪府立現代美術センター)
1985年 '85兵庫の美術家(兵庫県立近代美術館)
     個展(姫路/ギャラリーこーま)
     吉原治良と「具体」1954-1972(芦屋市民センター)
     Ge特別展(大阪/ABCギャラリー開設記念)
     第6回ネオ・アート展(大阪府立現代美術センター&姫路/ギャラリーこーま)
1986年 季刊芸術『駟路』を創刊し、編集・装丁を行う(1988年[第8号]まで発行)
     個展(大阪/天野画廊)
     小野田實その歩み展1953-1986年(姫路/レンガ舎)
     Ge京都展(京都市美術館)
1987年 大阪府立美術研究所40周年記念展(大阪府立美術館)
     郷土作家36人展(姫路/ヤマトヤシキ)
     第1回モダンアート展(姫路/ルネッサンス・スクエア)
1988年 ’88兵庫の美術家(兵庫県立近代美術館)
     アートカイト展(大阪ドイツ文化センター主催)
    (宮城県美術館、姫路市立美術館など全国各地の美術館を巡回後世界各地の美術館でも開催される) 
1990年 夜間には内部から光を放つ石彫作品「HOLE・CUT・LIGNT」設置(姫路/ニッサンハウジング社屋前庭)
1991年 館蔵品展抽象と幻想(姫路市立美術館)
1992年 具体美術協会の作家たちー所蔵作品を中心にー(宮城県美術館)
     1500からの150-姫路市立美術館10年のコレクション(姫路市立美術館)
1993年 具体展Ⅲ1965~1972(芦屋市立美術博物館)
     第3回現代作家展(姫路/ルネッサンス・スクエア)
     兵庫の作家たち展[播磨の作家](神戸/海文堂ギャラリー)
1994年 館蔵品展選ばれたかたち(姫路市立美術館)
1995年 館蔵品展戦後の美術50年ー郷土の作家を中心にー(姫路市立美術館)
1996年 日本の美術よみがえる1964(東京都現代美術館)
     ’96兵庫の美術家(兵庫県立近代美術館)
     姫路美術協会フェニックス展(アメリカ/フェニックス市)
     美術研究所の50年/大阪市立美術館 付設美術研究所開所50周年記念展(大阪市立美術館)
1997年 兵庫の現代美術作家五人展(姫路/森画廊)
     館蔵品展素材と表現(姫路市立美術館)
     第8回ネオ・アート展(姫路市立美術館)
1998年 姫路市立美術館15年コレクションから(姫路市立美術館)
1999年 個展(兵庫県御津町/ホテル・シーショア御津岬)
2002年 具体美術協会の作家(宮城県美術館)
2004年 現代郷土作家展「小野田實の世界」(姫路市民ギャラリー/姫路市立美術館主催)
     「具体」回顧展(兵庫県立美術館)
     第33回ブルーメール賞・美術部門
2006年 色と形のハーモニー展(姫路市立美術館)
2012年 「具体」ニッポンの前衛 18年の軌跡(東京/国立新美術館)
2013年 Gutai:Splendid Playground(アメリカ/グッゲンハイム美術館)
2014年 「GUTAI×INTERNATIONAL 具体、海を渡る。」(芦屋市立美術博物館)
2015年 「ZERO | GUTAI | KUSAMA(ロンドン/ボナムズ)

ONODA Minoru
(B. 1937, MANCHURIA; D. 2008, HIMEJI) Born in Japanese-occupied Manchuria, Onoda Minoru entered the Osaka Municipal Institute of Art in 1956 and actively extered his works with Niki-kai, an artist collective formed in 1947. Onoda exhibited at the 3rd international Exhibition for Young Artists in Paris in 1964 before being invited by Motonaga Sadamasa to exhibit at the 16th Gutai Art Exhibition in 1964. Onoda was an articulate critic of Informel painting in Gutai's Phase Two. his1961 manifesto "On Breeding Painting" described his "obsession with the idea of Japanese factories churning out thousands of identical products. His paintings of the period use systems to create colorful patterns of dots on relief surfaces, exploring the aesthetic potential of systems thinking. Similarly, his designs for Expo '70 sought to humanize new tech- nology by using rotating walls, sound sensors, and sophisticated materials to create interactive environments for human encounters.


work76-BLUE102

「WORK76-BLUE102」 1976年

■作品インデックス(左サイドバーのメニューも利用下さい)
1954年~1959年の作品-WORKS1954~1959-(高校生~二紀会)
1960年~1961年の作品-WORKS1954~1959-(前衛美術への転換)
1962年~1966年の作品-WORKS1960~1966-(具体美術協会)
1967年~1972年の作品-WORKS1967~1972-(EXPO'70そして具体解散)
1973円~1983年の作品-WORKS1973~1983-(具体解散後の活動)
1984年~1989年の作品-WORKS1984~1989-
1990年~1993年の作品-WORKS1990~1993-
1994年~2007年の作品-WORKS1994~2007-
1988年 「芸術凧」のための作品-ART KITE-

空の珊瑚礁1988年

「芸術凧」のための作品「WORK88-2.24-ART KITE-」1988年




【2007/03/19 14:34】 | 略歴-Profile | page top↑
「作品61-11」
work1961作品61-11
「作品61-11」
1961年
91.4x133.1cm
姫路市立美術館所蔵(2006年)
【2007/03/19 03:38】 | [2]WORKS1960-1961 | page top↑
「作品61-12」「作品61-13」「作品61-14」
work1961作品61-12

「作品61-12」
1961年9月
91.9x133.0cm



work1961作品61-13

「作品61-13」
1961年9月
91.3x133.1cm




work1961作品61-14

「作品61-14」
1961年9月
91.8x133.0cm


「繁殖絵画論」 小野田實

 最も最近、私の試みている実験的な作品の数点によって得られたイメージを更に拡大していきながら、これに理論的な背景を与えて見たいと思う。
 一九五六年の暮「世界・今日の美術展」によって、日本にアンフォルメルが紹介されたのだったがそれ以来アンフォルメル、あるいは、アクション・ペインティング一辺倒の風潮が、今日の美術界を支配している。これが安易に日本人の体質と結びつきフォーブ的な様相を呈しているのである。
 欧米で起ったアンフォルメルの運動もここに至っては、当初の否定も反逆も無くなり、公認された安全な方法として受け継がれているだけである。行動といった異質の要素を絵画にとり入れ、イメージの革新を企てようとしたアクション・ペインティング本来の目的もたんなる生理的エネルギーの発散でしかないような絵画の氾濫、タピエスの作品が紹介されるや壁のような絵がやたらとふえ、精神の厚みであると感違いしたような絵画群、いずれも昔流行した高等ルンペン的な暗い表情と重々しいマチエル、情感のぬくもりと陰湿なムードは日本の風土に根ざした特性だろうか。
 最近私が試みた作品の数点は、これらの風潮に対するシニカルな批判でもあり、冷笑でもあった訳だが、それ以前の私の発想のなかで無数の同一の何か(それは物体でも記号でもよい)が、メカニックに増殖していくというイメージにとり憑かれていたのだった。
 最も興味深いのは、オートメーション工場において作り出されていく製品の無数の同一である。仮に毎日無数に製造されていく真空管を例にとるとする。これをラジオ、テレビ等に組込まれることから切り離し、唯たんに真空管の無数の累積だけを見た場合、その膨大な無意味に驚異を発見出来ないだろうか。
 かつてシュールレアリズムが、テペズマン(異質な物体又はイメージを衝突さす)によって驚異を導き出したが、私は無数の同一にある秩序を与えることにより新しいイメージを獲得しようとしたのだった。
このイメージを客体化するために選んだのが無数の円形と線であった。以来それを「私のマル」と称し、遠近法的秩序による線の軌道によってマルの大きさは変化した。画面はどっちから見ようと差し支えないし「私のマル」は画面のどこからでも外へ延長することが出来、壁や天井は勿論のこと道路であろうと自動車であろうとおかまいなく描くことが出来るし、どこにでもマルを描き続ければ私の作品になるのである。そんなところから繁殖絵画と名付けたのではあるが、繁殖といった有機的なものではなく、からっけつで、あっけらかんとした、メカニックなイメージなのである。
 この世界に「否」をたたきつけるためにも、機械を喰う貪欲さを持って「無意味」に耐えることが必要である。ポカンと空を眺めながら「私のマル」が、この空を、地球を、残る隙なく覆い尽くすことを夢想する。』 小野田實

(「姫路美術」創刊号 1961年12月より)


【2007/03/19 03:35】 | [2]WORKS1960-1961 | page top↑
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